熱海再生の秘密:若手経営者が仕掛ける「おしゃれ熱海」の正体と集客戦略

かつて「東洋のナポリ」「日本のハワイ」と称され、日本を代表する観光地として栄華を極めた静岡県熱海市。しかし、バブル崩壊後は観光客が激減し、「寂れた温泉街」というイメージが定着してしまいました。多くの旅館が廃業し、街には空き家や空き店舗が目立つようになり、財政危機宣言まで出される深刻な状況に陥りました。
しかし近年、熱海はその暗い時代を乗り越え、見事なV字回復を遂げています。特に注目されているのが、従来の温泉地イメージとは一線を画す「おしゃれ」で洗練された魅力です。この変化の背景には、地元に根ざした若手経営者たちの情熱と、従来の枠にとらわれない革新的な取り組みがありました。
この記事では、熱海再生の中心人物である市来広一郎氏をはじめとする若手経営者たちの挑戦に焦点を当て、「おしゃれ熱海」がどのように生まれ、いかにして新たな集客に成功しているのか、その秘密を深掘りしていきます。
熱海衰退の背景:なぜ「寂れた温泉街」となったのか
熱海の衰退は、一朝一夕に起きたものではありません。高度経済成長期には団体旅行や新婚旅行のメッカとして賑わいましたが、1970年代に入ると観光客数は減少傾向に転じます。そして、バブル崩壊が決定的な打撃となりました。
衰退の要因は複数あります。
- 旅行スタイルの変化への対応遅れ: 団体旅行から個人旅行へと主流が移る中で、熱海の観光システムは旧態依然としたままでした。画一的なサービスや、個人客への対応の不備が目立つようになります。
- 構造的な問題: 観光産業への過度な依存は、街の高齢化と人口減少を加速させました。熱海の高齢化率は全国平均を大きく上回り、空き家率は全国の市の中で最も高い水準に達しました。街中には空き店舗が増え、活気が失われていきました。
- 地元住民の意識: 観光客の満足度が低いだけでなく、地元住民自身も街に対してネガティブな感情を抱く人が少なくありませんでした。観光優先で自分たちの暮らしが置き去りにされていると感じる住民もおり、街への愛着が薄れていました。
こうした状況が複合的に絡み合い、熱海は「寂れた温泉街」という不名誉なレッテルを貼られることになったのです。
再生の立役者たち:市来広一郎氏とmachimori/atamistaの挑戦
熱海のどん底とも言える時期に、故郷の再生に立ち上がったのが、地元出身の市来広一郎氏です。東京でのコンサルタント経験を経て、2007年に28歳で熱海にUターン。「廃れていく熱海をなんとかしたい」という強い想いを胸に、ゼロから地域づくりに取り組み始めました。
市来氏がまず着手したのは、補助金に頼らない民間による草の根的なまちづくりです。2009年にはNPO法人atamistaを設立し、熱海にいる面白い人を取材して発信する活動を開始しました。これは、バックパッカーとして世界を旅した経験から得た、「そこに住む人々の暮らしの息吹が感じられる街こそが魅力的だ」という気づきに基づいています。
しかし、地元に戻った市来氏が見たのは、街へのネガティブな感情を抱く地元住民の姿でした。観光客の満足度だけでなく、地元住民の満足度も低いという現実を目の当たりにし、市来氏は「まず変えるべきは観光ではなく、地元の人。内側から熱海ファンを作っていこう」と考えました。
「内側からファンを作る」戦略:オンたまの成果と地元住民の変化
地元住民の意識改革と街への愛着醸成を目指し、市来氏率いるatamistaが熱海市観光協会、熱海市と協働で開始したのが、体験交流型プログラム「熱海温泉玉手箱(通称オンたま)」です。
「オンたま」は、従来の観光ツアーとは異なり、地元の人々がガイドとなり、熱海の知られざる魅力や埋もれた資源を再発見する体験を提供するプログラムです。例えば、昭和の古い街並みを巡るツアーや、かつて三島由紀夫も通ったという老舗喫茶店のマスターの話を聞くプログラムなど、地元の人でさえ知らなかった熱海の魅力に触れる機会を提供しました。
また、ユニークな取り組みとして、これまで男性向けと思われていたサービスを女性向けに再編集する試みも行われました。秘宝館やピンクショーといった場所への女性向けツアーを企画したところ、意外な反響があり、女性客の割合が増加するという結果につながりました。これは、既存の資源を新しい切り口で捉え直し、異なるターゲット層に届けることの重要性を示しています。
「オンたま」は3年間で約220種類のツアーを企画し、5000人が参加しました。参加者の半数は熱海在住者で、別荘族も多く含まれていました。この活動を通じて、地元住民や別荘族が「熱海にはこんないい所があったんだ」「熱海ってこんなに面白いんだ」と街の魅力を再発見し、街へのイメージがポジティブに変化していきました。意識調査では、熱海在住者の約70%が「熱海のイメージが良く変わった」と回答しています。
さらに、「オンたま」は、街で誇りを持って働く農家や干物屋といった人々をガイドとして巻き込むことで、志の高い地元の人々が集まるコミュニティ形成にも貢献しました。このコミュニティから、干物屋と旅館が連携した宿泊プランなど、思わぬコラボレーションや事業活性化の事例も生まれています。
シャッター街を変貌させたリノベーション戦略:machimoriの挑戦
「オンたま」で地元住民の意識に変化をもたらす一方で、市来氏は持続可能なまちづくりには「稼ぐ」ことが不可欠だと考えました。そこで着目したのが、リノベーションまちづくりという手法です。一定エリアの遊休資産(空き店舗など)を活用し、新しい発想を持った世代が新しい価値を生み出すことで街を活性化させるという考え方です。
2011年、市来氏は老舗干物店「釜鶴」の5代目店主と意気投合し、まちづくり会社「machimori」を創業しました。目指したのは、シャッター街と化していた熱海銀座商店街を「クリエイティブな30代に選ばれるエリア」に変えることでした。
machimoriは、熱海銀座の空き店舗をリノベーションし、次々と新しい拠点を生み出しました。その最初の一歩が、コミュニティラウンジ併設のゲストハウス「MARUYA」の開業です。続いて、カフェ「MARUYA Terrace」、コワーキングスペース「naedoco」などをオープンさせました。

これらの施設は、単なる宿泊施設やカフェ、オフィスではありません。「クリエイティブな30代が集まる場」として、移住者やフリーランス、地元住民が交流し、新しいアイデアやプロジェクトが生まれるコミュニティの核となりました。開業当初は「熱海銀座に未来はない」「そんな場所にお前くらいしか来ない」といった懐疑的な声もありましたが、地道な活動を通じて少しずつ変化が生まれていきました。
machimoriは、熱海銀座でマルシェイベントも定期的に開催しました。地元のクラフト作家やオーガニック農家などが出店するこのイベントには、毎回多くの人が訪れ、商店街に賑わいを取り戻すきっかけとなりました。当初は商店街の半数が反対派だったものの、回を重ねるごとに理解と協力が得られるようになり、今では一番の応援者となった人もいるといいます。
これらのリノベーションとイベント開催は、シャッター街だった熱海銀座の雰囲気を一変させ、「熱海銀座で何か面白いことが起こり始めている」という声とともに、地元の人々や新しいテナントが集まる流れを生み出しました。machimoriは、エリアリノベーションとマネタイズの両方を成功させた稀有な事例として注目されています。
「おしゃれ熱海」を形作る多様なプレイヤーと取り組み
熱海の再生は、市来氏一人の力によるものではありません。彼の活動に触発されたり、同時期に独自の視点で熱海の魅力を発掘・発信する多様なプレイヤーたちが、「おしゃれ熱海」という新しいイメージを形作っています。
その代表例が、株式会社フジノネが手掛ける「熱海プリン」です。温泉地ならではの要素を取り入れつつ、手作りのこだわりと可愛らしいパッケージデザインでSNSを中心に話題となり、若者や外国人観光客を呼び込むキラーコンテンツとなりました。熱海プリンの店舗は、レトロモダンでおしゃれな空間デザインも魅力の一つです。

また、デザイナーの新居幸治さん・洋子さんご夫婦が熱海に拠点を構えるファッションブランド「Eatable of Many Orders(エタブルオブメニーオーダーズ)」も、「おしゃれ熱海」を象徴する存在です。年季の入った土産物店のビルにある直営店兼アトリエは、洗練された空間で、糸や織りにこだわった上質な服を展開しています。自然環境に恵まれた熱海だからこそできるものづくりを実践しており、熱海に新しいクリエイティブな風を吹き込んでいます。
これらの新しい店舗やブランドは、デザイン性やブランディングを重視しており、従来の温泉街にはなかったモダンでおしゃれな雰囲気を醸し出しています。SNSで写真映えするスポットが増えたことも、特に若い世代にとって熱海が魅力的なデスティネーションとなる大きな要因となっています。
さらに、熱海市もこの流れを後押ししています。2012年に立ち上げた「熱海市チャレンジ応援センター A-biz(エービズ)」では、個々の事業者の相談に応じ、魅力的な店舗づくりや売れる商品作りをサポートしています。また、メディアのロケ誘致事業「ADさん、いらっしゃい!」を精力的に展開し、年間100件を超えるテレビ番組などで熱海が露出することで、効果的なシティプロモーションを行っています。JTBと連携した「意外と熱海」「やっぱり熱海」といった統一ブランドでのプロモーションも、熱海のイメージ刷新に貢献しています。
近年では、コロナ禍を経て注目されるようになったワーケーションの誘致にも力を入れています。首都圏からのアクセスの良さやコンパクトな街の利点を活かし、ワーケーション施設の整備補助や総合窓口の設置、企業研修プログラムのサポートなどを行っています。machimoriや未来創造部といった地元の企業が提供する、地域課題の発見や解決策の提案をテーマにした企業研修プログラムも、熱海を「働きたくなる観光地」として位置づける取り組みと言えるでしょう。

集客戦略の多角化:ターゲット層の拡大とリピーター獲得
熱海の再生における集客戦略は、従来の団体旅行客に依存するモデルから大きく転換しました。新しい熱海がターゲットとするのは、個人旅行客、若者、ファミリー層、そしてワーケーションや多拠点生活といった新しいライフスタイルを求める人々です。
この多角化された集客戦略の鍵は、以下の点にあります。
- 体験型コンテンツの提供: 「オンたま」に代表されるような、単なる観光地巡りではない、地域住民との交流や街の裏側を知る体験を提供することで、深い満足度と記憶に残る旅を演出します。
- イメージの刷新と情報発信: 「おしゃれ」「レトロモダン」「クリエイティブ」といった新しいイメージを、デザイン性の高い店舗や商品、SNS映えするスポットを通じて発信します。メディア露出や統一ブランドでのプロモーションも、このイメージ浸透に大きく貢献しています。
- 地元住民・別荘族の巻き込み: 内側から街のファンを増やすことで、彼らが自然と街の魅力を外部に発信し、口コミ効果を生み出します。別荘族がゲストを案内したり、移住者が熱海での暮らしの魅力を語ったりすることが、新たな集客につながっています。
- 多様なニーズへの対応: 温泉や海鮮といった従来の魅力に加え、おしゃれなカフェやショップ、アート、ワーケーション施設など、多様な楽しみ方を提供することで、幅広い層のニーズに応えます。
- 新しいライフスタイルの提案: ワーケーションや2拠点生活といった、熱海を単なる旅行先としてだけでなく、生活や仕事の拠点としても捉えてもらうための提案を行うことで、関係人口の増加を目指しています。
これらの戦略が複合的に機能することで、熱海はかつての賑わいを取り戻しつつ、より多様で持続可能な観光地へと進化を遂げています。
熱海再生から学ぶ地域創生のヒント
熱海の再生事例は、多くの地方都市にとって貴重な示唆を与えてくれます。その成功要因をまとめると、以下の点が挙げられます。
- 地元資源の再発見と新しい切り口での活用: 既存の温泉や海鮮といった資源だけでなく、古い街並み、歴史、地元で働く人々、さらには秘宝館のようなディープな資源まで、多様なものを新しい視点で見つめ直し、現代のニーズに合わせて再編集することが重要です。
- 内側(地元住民)からの意識改革の重要性: 外部からの観光客誘致だけでなく、まず地元住民が自分たちの街に誇りを持ち、楽しむことが、街全体の雰囲気やサービス向上につながります。内側からファンを増やすことが、持続可能なまちづくりの基盤となります。
- 民間主導と行政支援の連携: 市来氏のような情熱を持った民間のプレイヤーが牽引力となり、行政がそれを後押しする形で連携することが効果的です。A-bizのような個別の事業者支援や、メディア露出支援、ブランドプロモーションといった行政の役割も不可欠です。
- デザインやブランディングによるイメージ刷新: 街全体や個々の店舗・商品のデザイン、ブランディングを統一感を持って行うことで、ターゲット層に響く新しいイメージを効果的に伝えることができます。「おしゃれ」というキーワードは、特に若年層への訴求力を高める上で有効でした。
- 多様なプレイヤーを巻き込んだコミュニティ形成: 志を同じくする人々が集まり、交流し、新しいアイデアを生み出すコミュニティは、まちづくりの原動力となります。業種や立場の垣根を超えた連携が、街に活気をもたらします。
- 持続可能な事業としてのマネタイズの重要性: まちづくりを持続させるためには、補助金に頼るだけでなく、事業として収益を上げることが必要です。リノベーションによる空き店舗活用や、体験プログラムの有料化など、稼ぐ仕組みを構築することが成功の鍵となります。
まとめ:未来へ続く熱海の挑戦
熱海の再生は、単なる観光客数の回復にとどまらず、街のイメージ刷新、地元住民の意識変化、そして多様なプレイヤーが活躍するコミュニティの形成といった、多層的な変化によって実現されました。特に、市来広一郎氏をはじめとする若手経営者たちが仕掛けた「おしゃれ熱海」という新しい魅力は、従来の熱海を知らない世代や、新しい旅のスタイルを求める人々を惹きつける強力なフックとなっています。
もちろん、熱海が抱える課題が全て解決されたわけではありません。しかし、どん底を経験したからこそ生まれた強い問題意識と、「熱海をより良い街にしたい」という地元の人々の想いが、熱海の挑戦を支えています。熱海の事例は、地方創生は一過性のイベントではなく、地元に根ざしたプレイヤーが中心となり、多様な人々を巻き込みながら、地道に、そして創造的に取り組むことの重要性を示しています。
熱海が今後、どのような進化を遂げ、どのような新しい魅力を生み出していくのか、その挑戦から目が離せません。そして、熱海の成功事例は、日本各地で地域活性化に取り組む人々にとって、大きな希望と具体的なヒントを与えてくれることでしょう。