公開日: 2025年5月26日

グッドデザイン賞は日本のデザイン力を高めているか?受賞の意義とデザインの本質を問う

グッドデザイン賞は日本のデザイン力を高めているか?受賞の意義とデザインの本質を問う

日本で最も広く知られるデザイン賞の一つ、グッドデザイン賞。街中で見かける「Gマーク」は、「良いデザイン」の証として多くの人々に認識されています。しかし、この賞は単に見た目の美しさや機能性を評価するだけにとどまらず、時代の変化とともにその評価基準や対象領域を大きく広げてきました。果たしてグッドデザイン賞は、日本のデザイン力をどのように高め、現代社会においてどのような意義を持っているのでしょうか。本記事では、グッドデザイン賞の歴史と変遷をたどりながら、その受賞がもたらす価値、そしてデザインの本質について深く掘り下げていきます。

グッドデザイン賞とは何か?その歴史と広がる評価基準

グッドデザイン賞は、1957年に旧通商産業省(現在の経済産業省)が創設した「グッドデザイン商品選定制度(通称Gマーク制度)」を前身とします。創設の背景には、当時の日本製品のデザイン盗用問題があり、国産品の「よいデザイン」を奨励し、貿易振興を図る目的がありました。当初は主に工業製品の機能性や経済性が評価の中心でした。

しかし、時代の変化とともに、デザインが果たすべき役割も多様化していきます。オイルショックを経て省資源化が求められたり、経済成長とともに「物の豊かさ」から「心の豊かさ」へと価値観がシフトしたりする中で、デザインの評価基準も変化していきました。1998年の民営化を機に「グッドデザイン賞」と名称を変え、その対象は製品だけでなく、建築、サービス、ソフトウェア、システム、地域づくりの取り組みなど、有形無形を問わないあらゆる領域へと拡大しました。これは、デザインが単なるモノの形や色だけでなく、人々の暮らしや社会全体をより良くするための思考や活動そのものを指すという認識が広がったことを反映しています。

公益財団法人日本デザイン振興会が主催するこの賞は、「私たちの暮らしや社会を豊かにしうるか」「今後の社会においてよきお手本となりうるか」という視点を重視しています。単に完成度を競うのではなく、そのデザインに込められた思想や思考、そしてそれを実現するまでの方法論にも重きを置き、それが「今後の社会において創造の連鎖を導くものであるか」を問う点が大きな特徴です。審査は、デザインの専門家や異分野の有識者からなる審査委員によって、多角的な視点で行われます。

グッドデザイン賞が映し出す「デザイン」の変遷

グッドデザイン賞の受賞作品の変遷を追うことは、そのまま日本の社会や産業、そしてデザインのあり方の変化を読み解くことにつながります。

創設当初の1950年代後半から1960年代は、高度経済成長期と重なり、電気釜やカメラといった工業製品が中心でした。いかに経済的で使いやすいものを作るか、製品の機能性が重視されました。1970年代にはオイルショックを経て、省資源化やコンパクト化が進んだ製品が評価されます。1980年代にはウォークマンに代表されるような、物理的な豊かさだけでなく「心の豊かさ」に応えるデザインが登場し、ジャパンオリジナルのデザインが世界でも注目を集めました。

1990年代に入り、バブル崩壊や環境問題への意識の高まりとともに、デザインの役割はさらに広がります。エコロジーデザインやユニバーサルデザインといった新たな視点が加わり、単なる意匠や機能性だけでなく、社会課題解決や持続可能性といった価値観が重視されるようになりました。1994年には「施設部門」が新設され、建築物だけでなく、それが存在する場所や周辺環境、そして利用する人々との関係性といった社会性が評価の対象となります。これは、デザインが単体のものではなく、より広い文脈の中で価値を持つという認識の変化を示しています。

2000年代以降は、インターネットやSNSの普及により情報流通が加速し、人々のつながりや関係性が再定義される中で、デザインの領域はさらに多様化します。サービスデザインやコミュニケーションデザインといった無形のデザインが評価されるようになり、デザインの担い手も企業やデザイナーだけでなく、NPOや地域団体、個人などへと広がっていきました。特に近年は、社会課題解決に焦点を当てたデザインや、異なる主体が協力して価値を生み出す「共創」の取り組みが注目されています。

近年のグッドデザイン賞に見る「社会課題解決」へのシフト

近年のグッドデザイン賞の大きな潮流の一つとして、「社会課題解決」への強い意識が挙げられます。グッドデザイン賞では、審査プロセスを通して社会におけるこれからのデザインを描くための取り組みとして「フォーカス・イシュー」を設けており、デザインがいま向き合うべき重要な問いや可能性を提言として発信しています。

2023年度のグッドデザイン大賞を受賞した千葉県八千代市の高齢者向けデイサービスセンター「52間の縁側」は、まさに社会課題解決デザインの象徴と言えるでしょう。これは単なる建築物ではなく、地域に開かれた細長い縁側のような空間を通じて、高齢者と地域住民、子どもたちが自然に交流できる場を創出した取り組みです。少子高齢化が進む中で、高齢者の生活を施設内に閉じ込めるのではなく、地域全体で支え、多世代交流を促すという明確なビジョンがデザインによって具現化されています。代表の石井氏は、「人生の最後がこれでいいのか」という介護現場での問題意識から、地域に開かれた温かい場所の実現を目指しました。土地の形状を逆転の発想で生かし、建築家との対話を通じて理想を形にしたこの事例は、デザインが単なる「もの」だけでなく、「仕組み」や「関係性」を創り出す力を持つことを示しています。

52間の縁側
画像引用元: www.jidp.or.jp

他にも、2021年度大賞の「分身ロボットカフェDAWN ver.βと分身ロボットOriHime」は、身体が不自由な人や外出困難な人が自宅からロボットを遠隔操作して働く機会を提供するもので、コロナ禍における働き方の変化や少子高齢化といった現代社会の課題に対するデザインによる解決策として高く評価されました。また、熊本の震災経験から生まれた「小さくても地域の備えとなる災害支援住宅 [神水公衆浴場]」は、自宅の1階を地域住民に開かれた銭湯とすることで、災害時の備えと日常的なコミュニティ形成を両立させるという革新的なアイデアが評価されています。

これらの事例は、デザインが単に製品の意匠や機能性を向上させるだけでなく、複雑化する社会課題に対して、新たな視点やアプローチを提供し、人々の暮らしや社会のあり方そのものをより良い方向へ導く力を持っていることを示しています。日本の「課題先進国」としての状況において、デザインは喫緊の課題解決のための重要な手段として期待されているのです。

グッドデザイン賞受賞の意義とビジネスへの影響

グッドデザイン賞の受賞は、企業や団体にとって多岐にわたるメリットをもたらします。最も分かりやすいのは、受賞作品に付与される「Gマーク」の活用です。Gマークは60年以上の歴史の中で培われた高い認知度と信頼性を持っており、製品やサービスの品質、機能性、デザイン性、そして社会性に対する客観的な評価として、消費者や取引先からの信頼獲得に貢献します。ある調査では、Gマークがついている商品に魅力を感じる消費者が6割以上にのぼるという結果も出ています。

Gマークの活用は、企業の認知度向上やブランドイメージの向上に直結します。「センスがいい企業」「ものづくりが上手な企業」といったイメージを付与し、競争力の強化につながります。また、マーケティングや販売促進においても強力なツールとなります。ミヨシ油脂の液状バターオイル「すぐに使える かける本バター」は、初めてのグッドデザイン賞受賞を機に出荷量が大幅に増加した事例として紹介されています。直感的に液状バターであることがわかるパッケージデザインも評価され、口コミやSNSでの拡散も相まって大きな反響を呼びました。

かける本バター
画像引用元: www.jidp.or.jp

さらに、グッドデザイン賞は社内に対しても大きな影響を与えます。受賞は、開発やデザインに携わった関係者のモチベーション向上につながり、新たな挑戦への意欲を高めます。パナソニックの電動シェーバー「ラムダッシュ パームイン」は、デザイン先行開発の方針のもと、手のひらサイズという斬新なアイデアを実現し、グッドデザイン金賞を受賞しました。この成功は、社内のデザイナーやエンジニアにとって大きな自信となり、今後のイノベーションを推進する力となります。同社ではデザイン部門出身の役員が誕生するなど、デザインを経営の重要な要素として捉える動きが加速しています。

ラムダッシュ パームイン
画像引用元: jp.pinterest.com

グッドデザイン賞の受賞作品は、それ自体がビジネスアイデアの宝庫でもあります。過去の受賞作品を紐解くことで、社会のニーズやデザインによる解決のアプローチ、新たな市場の可能性など、自社の事業や製品開発のヒントを得ることができます。特に近年は、中小企業やベンチャー企業による受賞も増えており、革新的なアイデアやニッチなニーズに応えるデザインが注目されています。グッドデザイン賞への応募自体が、自社の取り組みを客観的に見つめ直し、デザインの力を活用する機会となるのです。

デザインの本質を問う:グッドデザイン賞への視点

グッドデザイン賞が社会課題解決を重視する姿勢は、デザインの役割が広がり、社会との関わりが深まっている現代において重要な意義を持ちます。しかし、一方でこの傾向に対する批判的な意見も存在します。デザイン史家の藤崎圭一郎氏は、近年のグッドデザイン大賞が「社会善大賞」化していることに違和感を表明しています。誰もが良いことだと認める「社会善(ソーシャル・グッド)」に偏りすぎている現状は、デザインが本来持つべき「周縁性」や「オルタナティブ性」を見失わせるのではないか、という問いを投げかけています。

デザインは、単に既存の課題に対する「良い答え」を提供するだけでなく、まだ見えていない問題や、社会のメインストリームとは異なる視点から「良い問い」を立てる力も持っています。倫理的なデザインとは、すでに決められた善の基準を遵守する「道徳」のデザインではなく、善悪の境目に立って社会や人間の行動を展望する「倫理」のデザインであるべきだ、と藤崎氏は主張します。社会課題解決に偏り、「問い」を立てる力への評価が薄れている現状は、コンプライアンスやポリティカル・コレクトネスに縛られた社会の閉塞感の表れではないか、と指摘しています。

グッドデザイン賞の審査プロセスは、このような批判も踏まえ、多様な視点を取り入れようとしています。異分野の有識者を審査員に迎えたり、応募者と審査員が直接対話する「対話型審査」を導入したりすることで、単なる多数決ではなく、多角的な議論を通じて「グッド」の定義を探求しています。しかし、大賞選考が候補者のプレゼンテーションを見た上での投票となる場合、感動を呼びやすい社会善訴求型のソリューションに票が流れやすいという指摘もあります。

グッドデザイン賞は、その歴史の中で「権威的」なイメージを持たれることもありますが、主催者側は「権威化ではなく、さらによくなっていくための方向を示すこと」を役割として掲げています。応募者への「応援コメント」を通じて、さらなる改善や挑戦を促すことも、その役割の一つです。デザインの民主化が進み、誰もがデザインに関われる時代だからこそ、グッドデザイン賞は単なる評価制度にとどまらず、社会全体で「良いデザインとは何か」を問い直し、議論を深めるプラットフォームとしての役割も期待されています。

日本のデザイン力を高めるために

グッドデザイン賞の取り組みは、日本のデザイン力を多角的に高める可能性を秘めています。第一に、デザインの概念を広げ、その重要性を社会全体に啓蒙する役割です。デザインが単なる「かっこいいもの」ではなく、社会課題を解決し、人々の暮らしを豊かにするための思考やプロセスであることを広く伝えることで、より多くの人がデザインの力に気づき、活用するきっかけを生み出しています。

第二に、革新的なデザインや社会性の高い取り組みを発掘し、光を当てる役割です。特に中小企業やベンチャー、地域団体など、これまでデザインの世界ではあまり注目されてこなかった担い手による優れた取り組みを表彰することで、新たな価値創造の可能性を示し、他の追随を促します。これは、日本の「課題先進国」としての状況において、行政や大企業だけでは解決できない課題に対して、市民起点のボトムアップな変化を後押しすることにつながります。

第三に、異なる分野や主体間の連携を促進する役割です。グッドデザイン賞の審査プロセスや関連イベントは、デザイナー、企業、行政、研究者、地域住民など、多様な人々が集まり、交流し、互いの視点を共有する場となります。これにより、従来の縦割り構造を超えた共創が生まれやすくなり、複雑な社会課題に対するより包括的で効果的な解決策が生まれる可能性が高まります。デジタル庁の浅沼尚氏が指摘するように、政府がデジタル技術を活用して「小さくて大きな政府」を目指す上でも、市民や民間企業との協業は不可欠であり、デザインはその協業を円滑に進めるための重要なツールとなります。

デザインの民主化が進む現代において、デザインはもはやデザイナーだけの専門領域ではありません。誰もが日々の生活や仕事の中で、現状をより好ましいものに変えるための行動を立案しており、それは広義のデザイン行為と言えます。グッドデザイン賞は、こうした多様なデザインの営みに光を当て、評価することで、一人ひとりが社会の担い手としてデザインに関わることの重要性を示唆しています。自分が持つスキルや知識、情熱を活かして「生産やデザインする側」に回ることで、社会参画の形は無限に広がります。

まとめ:グッドデザイン賞が示す未来

グッドデザイン賞は、60年以上の歴史の中で、日本の社会や産業の変化を映し出し、デザインのあり方を問い続けてきました。単なるプロダクトの意匠評価から始まり、建築、サービス、システム、そして社会課題解決へとその評価対象と基準を広げてきた道のりは、デザインが私たちの暮らしや社会にとって不可欠な存在へと進化してきた過程そのものです。

近年の社会課題解決への強いシフトは、日本の置かれた状況を反映しており、デザインが直面する喫緊の課題への応答として重要な意義を持ちます。同時に、「良い答え」だけでなく「良い問い」を立てるデザインの力や、多様な価値観を包摂する「グッド」の定義を問い続ける姿勢もまた、デザインの本質を見失わないために不可欠です。

グッドデザイン賞は、優れたデザインを発見し、顕彰することで、社会に新たな気づきと創造の連鎖を生み出すことを目指しています。受賞がもたらすビジネス上のメリットはもちろんのこと、デザインの力を通じてより良い社会を共創していくという、その社会運動的な側面こそが、グッドデザイン賞の真価と言えるでしょう。変化し続ける「いまの世の中に必要なデザイン」を捉え、未来への道しるべを提示し続けるグッドデザイン賞の取り組みは、これからも日本のデザイン力を高め、豊かな未来の創造に貢献していくことが期待されます。

グッドデザイン賞 Gマーク
画像引用元: www.jagat.or.jp