公開日: 2025年5月26日

日本の音楽フェスはどこへ?コロナ禍を経て見えた変化と持続可能な未来像

日本の音楽フェスはどこへ?コロナ禍を経て見えた変化と持続可能な未来像

日本の音楽シーンにおいて、欠かせない存在となった音楽フェスティバル。広大な自然の中で音楽に酔いしれる野外フェスから、都市の利便性を活かした都市型フェス、さらには屋内のフェスまで、その形態は多様化し、年間を通じて全国各地で開催されています。しかし、この数年間、音楽フェスを取り巻く環境は激変しました。新型コロナウイルスのパンデミックは、かつてない試練を業界にもたらしましたが、それを乗り越え、「完全復活」を遂げた今、日本の音楽フェスはどこへ向かおうとしているのでしょうか。本記事では、コロナ禍を経て見えた変化、そして持続可能な未来に向けた模索について深掘りしていきます。

日本の音楽フェス文化の黎明と発展

日本の音楽フェスの歴史を語る上で、その草分けとして外せないのが、1997年に初開催された「フジロックフェスティバル」です。アメリカのウッドストック・フェスティバルに触発され、「野外の気持ちの良い空間で音楽が五感を通じて楽しめる」体験を目指して始まりました。初年度は台風直撃という壮絶な幕開けとなりましたが、その困難を乗り越え、現在の苗場スキー場へと場所を移し、日本の野外ロックフェスの象徴的な存在へと成長しました。

フジロックに続き、2000年には都市型フェスの先駆けとなる「サマーソニック」が誕生します。英国のレディング&リーズフェスティバルを参考に、東京と大阪の2会場で開催されるこのフェスは、「アクセスが良く気軽に来場できる」「若年層にも敷居が低い」という特長を持ち、フジロックとは異なるスタイルで日本のフェス文化を牽引してきました。サマソニ主催のクリエイティブマン代表・清水直樹氏は、フジロックとの関係性について「最初から違ったスタイルで差別化できていました」「いいライバル関係でいることが望ましい」と語っています。

これら二大フェスを筆頭に、「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」「ライジングサンロックフェスティバル」といった大規模フェスが定着し、日本のフェス市場は拡大を続けていきました。ap bank fes、日比谷音楽祭、氣志團万博など、様々なコンセプトや規模のフェスが生まれ、音楽ファンにとって夏だけでなく、年間を通じてフェスを楽しむ文化が根付いていったのです。

フェスが増えるにつれて、アーティストやスタッフの取り合いが起こり、年末のカウントダウンフェスやゴールデンウィーク、春、秋のフェスが増えていったという歴史もあります。これは、大規模フェスに必要な多くのステージや機材、そしてそれを支える舞台監督、PA、照明、楽器、映像等の専門スタッフの確保が難しくなったことも一因です。

コロナ禍がもたらした未曽有の危機

順調に拡大を続けていた日本の音楽フェス市場に、未曽有の危機が訪れたのが2020年からの新型コロナウイルスのパンデミックです。政府のイベント開催制限要請により、多くのフェスが中止や延期を余儀なくされました。

ぴあ総研の調査によると、2020年の音楽フェスティバル市場規模はわずか6.9億円となり、前年の330億円から約98%減という壊滅的な打撃を受けました。総動員数も295万人から9.3万人へと激減しました。フジロック、サマソニ、ロック・イン・ジャパン、ライジングサンといった主要フェスも開催断念や延期を発表しました。

開催できたフェスも、入場者数の大幅な制限、マスク着用、ソーシャルディスタンスの確保、声出し禁止、会場での飲食制限など、従来のフェスの楽しみ方とはかけ離れた形での実施となりました。これは、単に音楽を聴くだけでなく、会場の雰囲気、他の観客との一体感、飲食や物販、キャンプといった体験全体を楽しむフェスの本質を大きく損なうものでした。

特に、この時期に高校生や大学生だった若年層が、フェスデビューの機会を3年間にわたって失ってしまったことは、音楽業界にとって非常に大きな痛手だったと指摘されています。新たなファン層の獲得が途絶え、フェス文化の継承にも影響が出かねない状況でした。

経済的な影響も深刻でした。チケット収入の激減はもちろん、音響、照明、設営、警備、飲食、物販、宿泊、交通など、フェスに関連するあらゆる産業が打撃を受けました。多くのフリーランスのスタッフや小規模事業者が廃業の危機に瀕しました。

「完全復活」そして見えた回復の兆し

長いトンネルを抜け、日本の音楽フェスは2022年頃から本格的な復活の狼煙を上げ始めます。そして、2023年にはついに「完全復活」を遂げました。

ぴあ総研の調査によれば、2023年の音楽フェス市場規模は390億円、動員数は341万人となり、コロナ禍前の2019年と比較して市場規模で18.2%増、動員数で15.7%増と、過去最高を記録しました。これは、4年ぶりに「制限なし」での開催が可能になり、声出しが全面解禁されたこと、海外アーティストの出演や海外からのオーディエンスの参加が復活したことが大きく影響しています。

この回復の背景には、コロナ禍でライブ体験を渇望していた人々の潜在的な需要が爆発したこと、そして、困難な状況下でもフェス文化を守ろうと尽力した主催者、アーティスト、スタッフ、そしてファンの存在があります。感染対策を徹底しながら開催を模索したり、オンライン配信を取り入れたりといった試行錯誤が、フェスへの期待感を維持し、復活への土壌を耕しました。

また、音楽イベント全体で見ても、2022年には公演数、観客動員数ともに2019年同期の9割前後にまで回復しており、2022年通年では過去最高に迫る勢いでした。定額配信の普及でCD販売が落ち込む中、音楽家がライブにシフトしたことや、SNSで感動を共有したいというニーズの高まりも、イベント自体の価値を高め、市場回復を後押ししました。

コロナ禍を経て見えた新たなトレンドと課題

「完全復活」を遂げた日本の音楽フェスですが、コロナ禍を経ていくつかの新たなトレンドと、以前から存在した課題がより顕著になってきました。

開催形態の多様化と都市型・屋内型の台頭

近年顕著なトレンドの一つが、都市型や屋内型といった利便性の高いフェスが優勢になってきたことです。これは、ここ数年の猛暑や異常気象により、野外フェスでの快適性や安全性が懸念されるようになったこと、オリンピック以降の部材費や人件費の高騰により、地方での大規模な設営コストが増加したことなどが背景にあります。また、コロナ禍でフェスデビューの機会を失った層にとって、アクセスが容易で宿泊の心配が少ない都市型フェスが参加しやすいという側面もあります。

ブッキングの難航とアーティスト争奪戦

フェスの増加に伴い、以前からアーティストの取り合いはありましたが、近年はブッキングの難航が大きな課題となっています。特に海外アーティストの招聘は、円安の影響でギャラが高騰していること、トップアーティストがフェス出演よりも収益性の高い単独ツアーを優先する傾向にあること、欧米の大型フェスとの争奪戦が激化していることなどが要因として挙げられます。2025年のフジロックやサマソニのラインナップ発表が例年より遅れていることも、こうしたブッキングの難航を示唆しています。

運営コスト高騰と人手不足

物価上昇による運営コストの高騰も深刻な問題です。会場設営費、機材レンタル費、人件費など、あらゆるコストが増加しています。さらに、コロナ禍で離れてしまったスタッフや、高齢化による担い手不足など、人手不足も運営を圧迫しています。一部のフェスが突如中止となる背景には、こうした運営体制やコストの問題が影を落としていると考えられます。

アジア市場との連携強化

海外、特にアジア各国でのフェスが活況を呈していることも注目すべき変化です。サマーソニックがタイ・バンコクで初の海外進出を果たしたり、アジアのフェスに日本のアーティストが多く出演したりと、アジア圏との連携が深まっています。K-POPやラテン・ミュージックの世界的台頭もあり、音楽シーンの重心が英米だけでなくアジアや中南米にも広がる中で、日本のフェスもアジアの中での立ち位置を意識するようになっています。

地域活性化への貢献と自治体との連携

音楽フェスは、開催地に大きな経済効果をもたらし、地域の知名度向上にも寄与します。フジロックがオフシーズンのスキー場に需要をもたらしたり、横浜音祭りが43億円超の経済波及効果を生んだりといった事例があります。近年は、自治体がフェスを地域活性化の核と捉え、積極的に後押しする動きが見られます。佐賀県唐津市のミュージックコミッションによる許認可申請のバックアップや、地元高校生による「フェス部」の活動、群馬県渋川市の「1000人ROCK FES.GUNMA」への補助金支出など、官民連携でフェスを支え、地域そのもののファンを増やそうという取り組みが進んでいます。

賑わう野外音楽フェスの観客
画像引用元: bcij.jp

主催者間の連携強化

コロナ禍という共通の危機を経て、フェス主催者間の連携も強化されました。フジロックやサマソニを含む主要7社らが設立した「野外ミュージックフェスコンソーシアム」は、安全・安心な開催に向けたガイドライン策定や、地方との連携強化、政府・行政への要望などを共同で行っています。また、招聘プロモーター10社による協力組織「インターナショナル・プロモーターズ・アライアンス・ジャパン(IPAJ)」も設立され、海外アーティスト招聘における情報交換や協力体制を築いています。かつてはライバルとしてしのぎを削っていた主催者たちが、業界全体の発展のために連携する動きは、持続可能なフェス文化を築く上で重要です。

持続可能な未来への模索

「完全復活」を遂げ、新たなトレンドと課題が見えてきた日本の音楽フェスは、今後どのように持続可能な未来を築いていくのでしょうか。

環境問題への取り組み

大規模なイベントであるフェスは、環境負荷も無視できません。ごみの問題、エネルギー消費、交通によるCO2排出など、解決すべき課題は山積しています。野外ミュージックフェスコンソーシアムの設立趣旨にもあるように、環境に配慮した運営は喫緊の課題です。リサイクルの徹底、再生可能エネルギーの活用、公共交通機関やシャトルバスの利用促進、使い捨て資材の削減など、具体的な取り組みを継続・強化していく必要があります。参加者一人ひとりの意識と協力も不可欠です。

地域との共生と経済波及効果の最大化

フェスが地域にもたらす経済効果は大きいですが、単なる一時的な集客に終わらせず、地域とのより深い共生関係を築くことが重要です。地元の食材を使った飲食ブースの出店、地域の伝統文化との連携、地元住民の雇用創出、オフシーズンの観光資源としての活用など、地域経済への貢献を最大化し、地域住民に歓迎されるフェスであり続けることが、長期的な開催には不可欠です。

多様なニーズへの対応

音楽ファンのニーズは多様化しています。特定のジャンルに特化したフェス、家族連れが楽しめるフェス、参加型のフェス(例: 1000人ROCK FES.GUNMA)、キャンプと組み合わせたフェス(例: Karatsu Seaside Camp)など、独自のコンセプトを持つフェスが増えることで、より多くの人々が自分に合った形でフェスを楽しめるようになります。また、コロナ禍で失われた若年層のファンを取り戻すための施策や、デジタル技術を活用した新たな体験の提供も求められるでしょう。

都市型音楽フェスのイメージ
画像引用元: www.dealmagazine.net

運営体制の強化と人材育成

運営コストの高騰や人手不足は、フェスの継続を脅かす深刻な問題です。効率的な運営体制の構築、専門スタッフの育成、ボランティア組織との連携強化など、運営基盤を強化する必要があります。また、円安や物価高騰に対応するため、チケット価格の見直しや、企業スポンサーシップの獲得、クラウドファンディングなど、多様な資金調達方法を模索することも必要になるかもしれません。

独自の魅力を持つフェスの重要性

ブッキングが難航し、海外トップアーティストの招聘が以前より困難になる中で、各フェスが独自の魅力を打ち出すことの重要性が増しています。フジロックがアジアのインディー系バンドを招聘したり、サマソニがアジアのガールズスターをラインナップに加えたりといった動きは、円安やツアー優先といった外部要因に左右されすぎず、「そのフェスでしか体験できない」独自の価値を創造しようとする試みと言えるでしょう。国内アーティストと海外アーティストの絶妙な組み合わせや、新人アーティストの青田買い、会場の雰囲気や体験そのものを重視するなど、各フェスが個性を磨くことが、競争が激化するフェス市場で生き残る鍵となります。

コロナ禍を経て復活した音楽フェスの様子
画像引用元: www.barks.jp

今後の展望

日本の音楽フェスは、コロナ禍という大きな試練を乗り越え、再び活気を取り戻しました。しかし、気候変動、経済状況、アーティストの動向、そして多様化する観客のニーズなど、変化し続ける環境への適応が今後も求められます。

運営の効率化、コスト管理、人材確保といった内部課題に取り組みつつ、環境への配慮、地域との連携強化、そして何よりも「音楽と体験」というフェスの本質的な価値を追求し続けることが、持続可能な未来への道を開くでしょう。主催者間の連携や、自治体との協力も、業界全体の発展には不可欠です。

日本の音楽フェスは、単なる音楽イベントを超え、地域経済、文化、そして人々の交流を促進する重要なプラットフォームへと進化しています。変化を恐れず、新たな価値を創造し続けることで、日本のフェス文化はさらに豊かになり、国内外から多くの人々を魅了し続けることでしょう。

まとめ

コロナ禍は日本の音楽フェス市場に壊滅的な打撃を与えましたが、業界の努力とファンの情熱によって「完全復活」を遂げました。しかし、その過程で、気候変動への対応、運営コストの高騰、ブッキングの難航、人手不足といった新たな課題や、都市型・屋内型の台頭、アジア市場との連携強化、地域活性化への貢献といったトレンドが顕著になりました。

今後、日本の音楽フェスが持続的に発展していくためには、環境問題への配慮、地域との共生、多様なニーズへの対応、運営体制の強化、そして各フェス独自の魅力の追求が鍵となります。主催者間の連携や自治体との協力も不可欠です。

日本の音楽フェスは、困難を乗り越え、変化に適応しながら進化を続けています。音楽の力、そしてフェスが持つ特別な体験の価値を信じ、関係者とファンが一体となって未来を切り拓いていくことが期待されます。