公開日: 2025年6月4日

今、手作り味噌が熱い理由とは?諏訪の味噌蔵に聞く発酵文化と健やかな暮らし

今、手作り味噌が熱い理由とは?諏訪の味噌蔵に聞く発酵文化と健やかな暮らし

日本の食卓に欠かせない存在である味噌。しかし、近年は食の多様化やライフスタイルの変化に伴い、国内の味噌消費量は微減傾向にあると言われています。味噌汁を飲む機会が減った、という方もいらっしゃるかもしれません。

一方で、伝統的な食品である味噌が、今、新たな形で注目を集めています。特に、若い世代や健康志向の人々の間で「手作り味噌」への関心が高まり、また、海外では「MISO」がスーパーフードとして人気を博しています。さらに、味噌をはじめとする発酵食品が、単なる栄養源としてだけでなく、私たちの心身の健康、さらには社会的なつながりや自然との関係性といった「ウェルビーイング」に深く関わっているという視点も生まれています。

この記事では、味噌を取り巻く現状と新しい動き、なぜ今手作り味噌が注目されるのか、そして発酵文化がもたらすウェルビーイングについて掘り下げます。そして、古くから味噌作りが盛んな信州・諏訪の地に息づく味噌文化に触れながら、健やかな暮らしのヒントを探ります。

味噌を取り巻く現状と新しい動き

日本の味噌生産量・国内出荷量は減少傾向にあるものの、業界全体が手をこまねいているわけではありません。無添加や有機といった高付加価値製品、減塩味噌、液状味噌など、多様なニーズに応える製品開発が進んでいます。

その中でも注目すべきは、ひかり味噌の「CRAFT MISO 生糀」のような新しいコンセプトの味噌です。この製品は、味噌のエントリー層や若年層をターゲットに開発され、減塩・無添加といった特徴に加え、「そのまま食べておいしい」という新しい食べ方を提案しています。ドレッシングのように生野菜にかけたり、ディップとして使ったりと、従来の味噌汁の枠を超えた使い方が可能です。フルーティーな味わいや、従来の味噌のイメージを覆すアルファベット表記のパッケージデザインも、新しい層にアピールする要因となっています。こうしたユニークな商品コンセプトや、キャンプ場でのサンプリングといった販売施策が功を奏し、販売を大きく伸ばしています。

ひかり味噌 CRAFT MISO 生糀 パッケージ
画像引用元: suwa-tourism.jp

国内市場が変化する一方で、海外では「MISO」が熱い視線を浴びています。日本食ブームの後押しもあり、味噌はヘルシーな「スーパーフード」として認知されつつあります。ドレッシング、ディップ、肉や魚のソース、さらにはラザニアやナシゴレンといった各国の料理にもアレンジされて活用されており、その用途は広がる一方です。

サンフランシスコでは、日本人女性が設立した発酵食品会社「AEDAN」が、自家製麹を使ったカフェ「Koji Cafe」をオープンさせるなど、本格的な発酵食品ビジネスが展開されています。東日本大震災をきっかけに始まった自家製味噌作りが、口コミで広がり、レストランのシェフからも声がかかるようになり、ついには「グッドフード賞」を受賞するまでに至りました。これは、日本の伝統的な発酵食品が、海外で新たな価値を見出されている好例と言えるでしょう。

また、ロサンゼルスに住む日本人の間では「手作り味噌ブーム」が巻き起こっているという報告もあります。「美味しい生きた味噌が食べたいけれど、市販ではなかなか手に入らない」という思いから、自ら味噌作りに挑戦する人が増えているようです。味噌作り教室も盛況で、海外にいても日本の食文化を大切にしたいという気持ちが、手作りという形につながっています。

なぜ今、手作り味噌が注目されるのか?

味噌消費量が減少傾向にある中で、なぜ手作り味噌への関心が高まっているのでしょうか。そこには、手作りならではの多くの魅力があります。

圧倒的な味の違い

手作り味噌の最大の魅力は、その「味」です。市販の味噌にも美味しいものはたくさんありますが、手作り味噌は明らかに風味が異なります。特に、天然醸造でじっくり熟成させた味噌は、大豆の旨味や麹の甘みがより豊かに感じられます。手で大豆を潰す際に形が少し残ることも、独特の食感と味わいを生み出します。味噌汁にしたときに、溶けきらない大豆の粒を味わうのも、手作りならではの楽しみです。

シンプルな材料と安心感

味噌の基本的な材料は、大豆、米麹、塩のたった3つです。手作りであれば、これらの材料を自分で選ぶことができます。国産や有機栽培の大豆、自然塩など、こだわりの材料を使うことで、無駄なものが一切入っていない、安心安全な味噌を作ることができます。市販の味噌の中には、発酵を止めるためのアルコールや加熱処理が施されているものもありますが、手作りであれば「生きた味噌」を味わうことができます。発酵が進むにつれて容器が膨らむのも、微生物が生きている証拠です。

作る喜びと発酵を見守る楽しみ

味噌作りは、材料を混ぜて仕込んだら、あとは数ヶ月から一年以上かけてじっくりと熟成を待ちます。この「待つ時間」も手作り味噌の魅力の一つです。微生物の働きによって、材料が少しずつ味噌へと変化していく過程を見守ることは、不思議で感動的な体験です。仕込んだ味噌を開けるときのワクワク感、そして自分で作った味噌の美味しさは格別です。この「作る喜び」や「育てる楽しみ」が、多くの人を手作り味噌の世界に引き込んでいます。

暮らしに根ざした文化としての味噌作り

「手前味噌」という言葉があるように、かつて日本では各家庭で味噌を作るのが当たり前でした。自分で作った味噌を自慢し合ったことから生まれた言葉です。味噌作りは、単なる料理や保存食作りを超え、日本の暮らしに深く根ざした文化でした。毎年冬に味噌を仕込むことを恒例行事にしている人も多く、それは季節の移ろいを感じ、日々の生活にリズムと感謝をもたらします。物理学者のリチャード・ファインマンの言葉「システムはつくれなければ理解できたとは言えない」を引用するまでもなく、自分で味噌を作ることで、味噌という食品や発酵のプロセスに対する理解が深まり、食への解像度が高まります。

また、土井善晴氏が提唱する「一汁一菜」のように、味噌汁は日本の食卓の基本であり、栄養バランスの取れた食事を手軽に実現できる優れた料理です。発酵食品である味噌を使った味噌汁を毎日食べることは、健康維持にもつながります。手作り味噌は、この日本の食文化の豊かさを再認識させてくれます。

発酵文化とウェルビーイングの深い関係

手作り味噌への注目は、単なる食のトレンドに留まらず、私たちのウェルビーイング(心身ともに満たされた状態)への関心の高まりとも連動しています。

腸内環境と心身の健康

味噌をはじめとする発酵食品には、乳酸菌や麹菌といった体に良い微生物が豊富に含まれています。これらの微生物は、私たちの腸内環境を整える上で非常に重要な役割を果たします。腸内細菌の多様性が高いほど、消化吸収が促進され、免疫力が高まり、病気になりにくい健康な体につながると考えられています。

近年、「腸脳相関」という言葉に代表されるように、腸の健康が脳機能や精神状態に大きな影響を与えることが明らかになってきました。腸内環境が整うことで、気分の安定やストレス軽減にもつながる可能性が指摘されています。発酵食品を積極的に摂る「腸活」や「菌活」が注目されるのは、こうした科学的な知見に基づいています。

発酵性食物繊維の重要性

さらに、ウェルビーイングの観点から注目されているのが「発酵性食物繊維」です。これは、腸内細菌のエサとなり、短鎖脂肪酸などの有益な物質を作り出す食物繊維のことです。発酵性食物繊維は、ヨーグルトやチーズといった発酵食品そのものではなく、野菜、果物、豆類、海藻、きのこ類などに含まれています。この発酵性食物繊維を摂取することで、腸内細菌の活動が活発になり、私たちの健康維持に貢献します。

株式会社Mizkanをはじめとする8社が立ち上げた「一般社団法人 発酵性食物繊維普及プロジェクト」は、「食物繊維は、発酵性」をスローガンに、発酵性食物繊維の重要性を広め、摂取を促進する活動を行っています。これは、腸内細菌という「目に見えない存在」に適切な「エサ」を与えることが、私たちの身体の未知なる部分(ブラックボックス)を開き、健康の鍵となるという考えに基づいています。

発酵に見る「目に見えないもの」との向き合い方

情報学や発酵メディアの研究者であるドミニク・チェン氏は、発酵とウェルビーイング、そして「共在感覚」について興味深い視点を提示しています。

ドミニク氏は、ぬか床を例に挙げ、多様な微生物が共存し、世話をすることで美味しい漬物という結果を生み出すシステムが、インターネットの構造に似ていると指摘します。また、ぬか床を育てる過程で生まれる身体的な経験や愛着、そして腐敗させてしまった時の喪失感は、単なるモノへの感覚を超えた、生きているシステムとの関わり合いであると感じています。さらに、ぬか床をかき混ぜることで人間の皮膚常在菌がぬか床に移り、それを食べることで体内に戻るという仮説は、ぬか床が私たちの腸内環境の「アナログツイン」として機能する可能性を示唆しています。

ドミニク氏は、テクノロジーによる効率化が進む現代において、料理のような手間のかかる行為が持つ「自律性」や「学習」の機会が失われつつあることに警鐘を鳴らします。すべてが自動化されることで刹那的な快楽は得られても、困難や摩擦を乗り越えることで生まれる持続的なウェルビーイングや心理的なレジリエンスが育まれにくくなるというのです。発酵食品作りは、まさに不確実性を受け入れ、微生物という目に見えない存在と向き合い、時間をかけて育むプロセスであり、この自律性や学習の機会に満ちています。

また、ドミニク氏は、パンデミックを経て改めて問われる「ともに食べること」「ともにあること」という共在感覚についても語っています。オンラインでのコミュニケーションが普及する中で失われがちな非言語的な情報や、料理を一緒に作る過程といった「文脈の共有」が、共在感覚を生み出す上で重要であり、テクノロジーはそれを「さりげなくデザイン」することで支援できる可能性があると示唆しています。

イタリアで発酵食品を製造・販売するカルロ・ネスラー氏もまた、発酵の魅力は「すべてが魔法のようで、説明がつかないこと」にあると語り、発酵に欠かせない微生物の重要性を強調します。彼は、人間が微生物が生きる土壌を破壊してきたことが、地球規模の問題の一因であると考え、微生物を殺すのではなく「発酵」させること、そして食べ物と「きちんと」つながることが、微生物との美しいつながりを取り戻す鍵だと説きます。土壌の健康と人間の腸の健康が似ているという視点は、私たちの身体が広大な生態系の一部であることを改めて認識させてくれます。

これらの視点から、発酵文化は、単に健康に良い食品を摂取するというだけでなく、目に見えない微生物や自然とのつながりを感じ、時間をかけて何かを育むプロセスを通じて自己と向き合い、さらには食卓を囲む人々との共在感覚を育む、多角的なウェルビーイングの実践であると言えるでしょう。

信州・諏訪に息づく味噌文化

日本の味噌生産量の約5割を占め、全国シェア1位を誇る「信州味噌」。その中心的な産地の一つが、長野県の諏訪地域です。諏訪は、澄んだ空気、八ヶ岳や霧ヶ峰からの清らかな水、そして昼夜の寒暖差が大きい気候など、味噌作りに最適な自然環境に恵まれています。

信州味噌の歴史は古く、鎌倉時代に宋から製法が伝わったことに始まると言われています。戦国時代には武田信玄が兵糧として用いたことで普及したと伝えられており、古くからこの地に根ざした食文化です。

諏訪地域には、伝統的な味噌作りを今に伝える味噌蔵が数多く点在しています。例えば、諏訪湖のほとりにあるタケヤ味噌会館では、タケヤみその歴史や味噌の健康効果について学ぶことができ、蔵元ならではの限定商品や味噌を使ったスイーツ、ラーメンなどを楽しめます。

神州一味噌発祥の蔵である丸高蔵も、登録有形文化財に指定された歴史ある蔵で味噌を熟成させています。ここでは、天然醸造でじっくり熟成させた風味豊かな味噌を購入できるほか、併設の食事処で美味しい味噌汁御膳を味わうことができます。

茅野市にある丸井伊藤商店も、創業およそ100年の歴史を持つ蔵元です。八ヶ岳連峰の伏流水を使い、木桶で味噌を醸造しています。ここでは味噌蔵の見学が可能で、案内人の解説を聞きながら味噌の製造工程を学び、味噌汁や漬物の試食を楽しむことができます。予約制で手作り味噌体験も開催しており、実際に味噌作りに触れる貴重な機会を提供しています。

諏訪の味噌蔵 木桶
画像引用元: suwa-tourism.jp

これらの味噌蔵では、昔ながらの木桶仕込みや天然醸造といった伝統的な製法を守り続けています。木桶には、その蔵に代々受け継がれてきた「蔵付き菌」が棲みついており、それがその蔵ならではの独特の風味を生み出します。これは、まさに微生物という目に見えない存在が、長い時間をかけて作り出す芸術と言えるでしょう。

多くの味噌蔵では、工場見学や手作り体験を受け付けています。実際に蔵を訪れ、味噌が熟成される空間の香りを感じ、木桶に触れ、職人の話を聞くことは、味噌という食品への理解を深めるだけでなく、この地に息づく発酵文化や、自然と共生しながら食を作り上げてきた人々の知恵と情熱に触れる体験となります。

味噌作り体験の様子
画像引用元: notofarmer.jp

諏訪の味噌蔵を巡る旅は、美味しい味噌を味わうだけでなく、日本の伝統的な食文化、発酵がもたらす健康効果、そしてウェルビーイングにつながる暮らしのヒントを見つける旅でもあります。手作り味噌に興味を持った方も、そうでない方も、一度諏訪の地を訪れて、味噌の世界に触れてみてはいかがでしょうか。

まとめ

味噌は、日本の食卓を支えてきた伝統的な発酵食品です。消費量が減少傾向にある中でも、新しいコンセプトの製品開発や海外での人気、そして手作り味噌への関心の高まりなど、様々な形でその価値が見直されています。

手作り味噌は、その格別の美味しさ、シンプルな材料による安心感、そして作る喜びや発酵を見守る楽しみといった魅力に溢れています。それは単なる料理を超え、日本の食文化に触れ、日々の暮らしに豊かな時間をもたらす行為です。

さらに、味噌をはじめとする発酵文化は、私たちの心身の健康(腸内環境、免疫力、発酵性食物繊維)、心の豊かさ(作る喜び、愛着)、人とのつながり(手前味噌、食卓を囲む)、そして自然や微生物といった目に見えない存在との共生といった、多角的なウェルビーイングに深く関わっています。

信州・諏訪の地には、味噌作りに適した豊かな自然環境と、伝統的な製法を守り続ける味噌蔵が数多くあります。これらの蔵を訪れ、味噌作りを見学したり体験したりすることは、日本の発酵文化の奥深さに触れ、健やかな暮らしを送るための多くのヒントを得る貴重な機会となるでしょう。

ぜひ、この機会に発酵食品を食生活に積極的に取り入れたり、手作り味噌に挑戦したり、あるいは諏訪の味噌蔵を訪れて、発酵文化がもたらす豊かな世界を体験してみてください。それはきっと、あなたのウェルビーイングにつながる一歩となるはずです。