公開日: 2025年5月26日

なぜ日本のスマートシティは世界に遅れをとるのか?会津若松や柏の葉の挑戦から見えた課題

なぜ日本のスマートシティは世界に遅れをとるのか?会津若松や柏の葉の挑戦から見えた課題

近年、「スマートシティ」という言葉を耳にする機会が増えました。AI、IoT、ビッグデータなどの先端技術を活用し、都市が抱える様々な課題(交通渋滞、環境問題、高齢化、防災など)を解決し、住民の生活の質(QOL)向上や新たな価値創造を目指す取り組みです。世界中の多くの都市がスマートシティ化を国家戦略や都市戦略として推進しており、その進捗は国際的なランキングでも比較されています。

しかし、残念ながら日本はスマートシティ化において、世界の先進都市に比べて遅れをとっているのが現状です。スイスのIMDが発表する「Smart City Index 2021」では、シンガポールが3年連続で1位を獲得し、チューリッヒ、オスロ、台北などが上位にランクインする中、日本のトップである東京は84位、大阪は86位と、順位を落とし続けています。アジア圏でもソウル(13位)、香港(41位)、北京(69位)、クアラルンプール(74位)、バンコク(76位)よりも下位に位置しており、先進国としては厳しい評価と言わざるを得ません。

なぜ、技術立国と言われる日本が、都市のスマート化で世界に後れをとっているのでしょうか?そして、国内で行われているスマートシティの挑戦事例からは、どのような課題が見えてくるのでしょうか。本記事では、世界のスマートシティの潮流を確認しつつ、日本が直面する構造的な課題を探り、柏の葉や会津若松といった国内の取り組みからその実態に迫ります。

世界のスマートシティ先進事例:統合プラットフォームとリーダーシップ

世界のスマートシティ先進都市は、単に個別の技術を導入するだけでなく、都市全体の課題解決を目指し、データ連携を核とした統合的なプラットフォーム構築を進めています。そして、その推進には強力なリーダーシップが不可欠です。

例えば、3年連続でトップに立つシンガポールは、国家戦略「Smart Nation」のもと、政府主導で都市全体のデータ連携基盤やデジタルIDシステムを構築しています。地形やインフラを3D化した「バーチャル・シンガポール」のような基盤上で、交通、環境、医療などあらゆる分野のデータを統合的に管理・活用し、政策立案やサービス開発に役立てています。これは、まさに「街のスマホ化」とも言えるアプローチであり、ソフトウェアのアップデートのように街全体を継続的に改善していくことを目指しています。

スペインのバルセロナも先進事例として知られます。都市が中心となり、各種センサーから集まるデータを「Sentilo」という統合システムで一元管理。このデータを用いて、交通制御、街路灯の点灯最適化、水資源管理などを効率化しています。駐車場の空き情報アプリのように、市民向けの便利なサービスも提供されており、その収益モデルも確立されています。バルセロナ市長がスマートシティ化の音頭をとるなど、自治体の強力なリーダーシップが特徴です。

欧州では、地球温暖化対策やカーボンニュートラル達成を重要な目標に掲げ、スマートシティをその実現手段と位置づけている都市が多く見られます。アムステルダムでは、PPP(官民連携)に市民(People)を加えたPPPP(Public Private People Partnership)を推進し、市民参加型の課題解決を目指しています。また、ハンブルグ港湾管理局のように、特定のエリアや機能に特化しつつも、輸送手段全体を管理するシステムを構築するなど、実用的な取り組みが進んでいます。

これらの事例に共通するのは、都市や自治体がオーガナイザーとなり、インフラ(ネットワーク、データ基盤)を共通化し、その上で多様なサービスやアプリケーションを展開する「シティOS」的な発想です。これにより、データの相互活用や効率的な運用が可能となり、都市全体の最適化が図られています。

世界のスマートシティのイメージ
画像引用元: connectx.life

日本のスマートシティの現在地:国際ランキングと政府の取り組み

前述の通り、日本の都市は国際的なスマートシティランキングで低迷しています。これは、日本の技術力が低いということではなく、その技術が都市全体の課題解決や市民生活の利便性向上に十分に結びついていないことを示唆しています。

日本政府もスマートシティの重要性を認識しており、2016年の「第5期科学技術基本計画」以降、取り組みを推進しています。内閣府が主導する「スーパーシティ構想」は、AIやビッグデータなどの先端技術を活用し、行政手続き、移動、医療、教育など複数分野でデータ連携を行い、大胆な規制改革と一体的に未来社会を先行実現することを目指しています。また、「スマートシティ官民連携プラットフォーム」を設立し、企業、自治体、大学などが連携してスマートシティの実現を加速させるための支援を行っています。

国内でも、三井不動産が主導する「柏の葉スマートシティ」、ソフトバンクの「Smart City Takeshiba」、トヨタ自動車の「Woven City」など、様々な主体によるプロジェクトが進行中です。しかし、これらの取り組みは、まだ限定的なエリアでの実証実験や、特定の企業・分野に特化したものが中心であり、都市全体を包括的にスマート化するという段階には至っていないのが現状です。

なぜ日本は遅れをとるのか?構造的な課題

日本のスマートシティ化が世界に後れをとっている背景には、いくつかの構造的な課題が存在します。これらの課題は相互に関連しており、単一の解決策では克服が難しい複雑な問題です。

縦割り行政とデータ連携の壁

日本の行政は、部署ごとに役割が明確に分かれている「縦割り」構造が強い傾向にあります。これは、スマートシティにおいて、交通、環境、医療、防災など、分野横断的なデータ連携やサービス統合を困難にしています。各部署や関連機関が個別にシステムを構築・運用するため、データの形式や管理方法が異なり、スムーズな連携が阻害されます。海外の事例のように、市長や首長が強力なリーダーシップを発揮し、都市全体を一つのシステムとして捉える視点が不足していると言えます。

統合プラットフォーム(シティOS)の不在

前述の縦割り構造とも関連しますが、日本では個別の課題に対する「局所最適」なソリューション導入が進みやすい傾向があります。デジタルサイネージ、信号機、監視カメラ、Wi-Fiなどが、それぞれ異なる事業者によってバラバラに構築されるため、インフラやデータ収集基盤が重複投資となり、非効率が生じます。海外の「シティOS」のように、ネットワークやデータ蓄積のレイヤーを共通化し、その上で多様なアプリケーションを展開するという発想が根付きにくいのです。これにより、データの相互活用が進まず、都市全体の最適化や新たな価値創造の可能性が限定されてしまいます。

持続可能なビジネスモデルの確立難

スマートシティの取り組みには多大な初期投資が必要です。誰がその費用を負担し、どのように回収するのかというビジネスモデルの確立が大きな課題です。海外では、税金による行政サービスの提供、プレミアムサービスへの課金、商業テナントからの広告費など、複数の収益源を組み合わせるのが一般的です。日本では、政府や自治体の補助金に依存した実証実験が多く、補助金終了後の事業継続が難しいケースが見られます。住民や企業がスマートシティのサービスに対してどの程度対価を支払うのか、その価値をどう示すのかが不明確なままでは、民間投資を呼び込み、事業を継続・拡大していくことは困難です。

ステークホルダー間の複雑な調整

特に既存の市街地(ブラウンフィールド)でのスマートシティ化は、多数の利害関係者(住民、企業、地権者、行政機関など)が存在するため、合意形成や調整が非常に複雑です。それぞれの立場や利益が異なるため、共通の目標に向かって足並みを揃えることが難しく、プロジェクトの進行が遅れる要因となります。海外のグリーンフィールド開発(例:韓国の松島、サウジアラビアのNEOM)のように、ゼロから新しい街を設計できる場合は、スマートシティの思想を最初から組み込みやすいですが、日本の多くの都市はブラウンフィールドであり、この調整の難しさが課題となります。

実証実験止まりと社会実装の遅れ

日本では、新しい技術やサービスの実証実験は活発に行われていますが、それが実際の都市機能として社会実装され、広く普及する段階に至らないケースが多く見られます。これは、前述のビジネスモデルの課題やステークホルダー調整の難しさ、あるいは規制の壁などが複合的に影響しています。実証実験で得られた知見やデータを、どのように次のステップに繋げ、都市全体に展開していくかという戦略が不足していると言えます。

データ活用とプライバシーへの懸念

スマートシティでは、住民の行動データや都市の様々な情報を収集・活用することが不可欠ですが、個人情報保護やプライバシー侵害への懸念が根強く存在します。欧州では、都市がデータ基盤を保有し、外部へのデータ持ち出しに一定の制限を設けるなど、プライバシーに配慮したデータ管理の考え方があります。日本では、データの利活用に関するルール作りや、住民の理解・信頼を得るための取り組みが十分に進んでいないため、データの収集・活用が進みにくい側面があります。

日本の挑戦事例:柏の葉とウーブン・シティ

このような課題に直面しながらも、日本国内では様々なスマートシティの挑戦が進められています。その中でも注目される事例として、千葉県柏市にある「柏の葉スマートシティ」と、トヨタ自動車が静岡県裾野市で建設中の「ウーブン・シティ」を見てみましょう。

公民学連携の「柏の葉スマートシティ」

柏の葉スマートシティは、つくばエクスプレス線の柏の葉キャンパス駅周辺エリアで、三井不動産を中心に、柏市(公)、東京大学・千葉大学(学)、そして地域住民や企業(民)が連携して進める「公民学連携」の街づくりです。ここは、もともとゴルフ場や研究機関があったブラウンフィールドであり、既存の都市構造の中でスマート化を進める代表的な事例と言えます。

柏の葉では、「環境共生」「健康長寿」「新産業創造」の3つを柱に掲げ、エネルギー管理システム(AEMS/HEMS)による省エネ、ウォーカブルな街づくりや健康増進プログラム、そしてイノベーション拠点(KOIL)による企業・起業家支援など、多岐にわたる取り組みを行っています。特に、地域全体のエネルギーデータを管理するシステムや、住民向けの健康管理アプリなど、データとテクノロジーを活用したサービス導入が進められています。

柏の葉の挑戦の大きな特徴は、住民参加型の街づくりを重視している点です。街づくり関連施設でのワークショップ開催や、住民向けポータルサイト「スマートライフパス柏の葉」を通じた情報提供、さらには実証実験への協力依頼など、住民を単なるサービスの享受者ではなく、街づくりの主体として巻き込もうとしています。また、民間データと公共データを連携させるためのデータプラットフォーム構築にも取り組んでおり、日本のブラウンフィールド型スマートシティにおけるデータ連携の課題克服を目指しています。

しかし、柏の葉のような先進的な取り組みであっても、広大なエリア全体でのデータ連携や、多様なサービスを統合的に提供する「シティOS」レベルのプラットフォーム構築、そして事業としての持続可能性の確保など、日本のスマートシティが抱える共通の課題に直面しています。利害関係者の調整や、住民の継続的な関与をどう維持していくかも重要な論点です。

柏の葉スマートシティの鳥瞰図
画像引用元: news.mynavi.jp

未来都市の実証実験場「ウーブン・シティ」

一方、トヨタ自動車が静岡県裾野市の工場跡地で建設中の「ウーブン・シティ」は、まったく新しい土地にゼロからスマートシティを構築する「グリーンフィールド」型のプロジェクトです。ここでは、自動運転、MaaS、ロボット、AI、スマートホームなど、未来の暮らしを支えるあらゆる技術を、実際に人々が暮らす環境で実証実験することを目指しています。

ウーブン・シティは、自動車会社であるトヨタが主導している点が特徴的であり、モビリティを核とした街づくりが進められています。自動運転EVやパーソナルモビリティが走行し、AIがエネルギー効率や物流を最適化します。住民はAIによる健康管理や室内ロボットのサポートを受けるなど、最先端技術が日常生活に溶け込むことを想定しています。

このプロジェクトは、日本のスマートシティとしては異例の規模とビジョンを持ち、大胆な技術導入や規制改革(特区制度の活用など)が進められる可能性があります。グリーンフィールドであるため、既存の都市構造や利害関係に縛られにくく、理想的なスマートシティの姿を追求しやすいという利点があります。

しかし、ウーブン・シティはあくまで特定の企業が主導する限定的なコミュニティであり、日本の都市全体が直面するブラウンフィールドの課題や、多様なステークホルダーとの連携といった問題とは性質が異なります。ウーブン・シティで得られた知見や技術を、既存の都市にどう応用・展開していくかが、今後の日本のスマートシティ化にとって重要な課題となるでしょう。

会津若松市も、東日本大震災後の復興を契機に、アクセンチュアなどの企業と連携し、データ活用による市民サービスの向上を目指すスマートシティの取り組みを進めている自治体の一つです。ここでは、医療、健康、防災などの分野でデータ連携プラットフォームを活用したサービスが展開されています。会津若松のような地方都市におけるスマートシティの挑戦は、大都市とは異なる地域固有の課題(人口減少、高齢化など)に対応しつつ、データ活用や市民参加をどう進めるかという点で、日本の多くの地方自治体にとって参考となる事例と言えます。ただし、ここでもデータ連携の範囲拡大や、事業の持続性、市民の継続的な関与といった課題は共通して存在します。

課題克服への道筋と今後の展望

日本のスマートシティが世界に追いつき、さらにはリードしていくためには、これまでに見てきた構造的な課題を克服する必要があります。

強力なリーダーシップとビジョンの共有

都市のスマート化は、単なる技術導入ではなく、都市のあり方そのものを変革する取り組みです。自治体の首長が明確なビジョンを示し、強力なリーダーシップを発揮して、分野横断的な取り組みを推進することが不可欠です。関係省庁や部署、そして多様なステークホルダーが共通の目標を共有し、連携できる体制を構築する必要があります。

分野横断的なデータ連携基盤の構築

個別のソリューション導入に留まらず、都市全体のデータを収集・蓄積・活用できる共通のデータ連携基盤(シティOS)の構築が急務です。これにより、異なる分野のデータを組み合わせた分析や、新たなサービスの創出が可能になります。データの標準化や相互運用性の確保も重要です。

規制改革とオープンイノベーションの促進

スマートシティの実現を妨げる既存の規制や慣習を見直し、大胆な規制改革を進める必要があります。また、企業、大学、スタートアップなどが自由に技術やアイデアを持ち寄り、連携できるオープンイノベーションの仕組みを強化することで、新しい技術やサービスの実装を加速させることができます。

市民参加と透明性の確保

スマートシティは、住民のための街づくりです。計画段階から市民が参加し、意見を反映できる仕組みを整えることが重要です。また、収集されるデータの種類や活用方法について透明性を確保し、プライバシー保護への懸念を払拭することで、住民の理解と協力を得ることができます。

持続可能な事業モデルの模索

補助金に依存しない、事業として自立可能なビジネスモデルを確立する必要があります。行政サービス、民間サービス、データ活用による収益化など、多様な収益源を組み合わせる工夫が求められます。住民や企業にとって、スマートシティのサービスを利用するメリットを明確に提示し、対価を支払う価値を実感してもらうことが重要です。

スマートシティのデータ連携イメージ
画像引用元: newswitch.jp

まとめ:日本のスマートシティが世界をリードするために

日本のスマートシティは、縦割り行政、データ連携の遅れ、ビジネスモデルの課題など、様々な構造的な壁に直面しており、世界の先進都市に後れをとっている現状があります。しかし、柏の葉やウーブン・シティ、会津若松といった国内の挑戦事例からは、公民学連携やグリーンフィールド開発、地方都市ならではの取り組みなど、日本独自の強みや可能性も見えてきています。

これらの挑戦から得られる知見を活かし、構造的な課題を克服するためには、強力なリーダーシップのもと、分野横断的なデータ連携基盤を構築し、規制改革を進め、市民を巻き込んだオープンイノベーションを推進することが不可欠です。単なる技術導入に終わらず、都市全体の課題解決と住民のQOL向上を真に目指すことで、日本のスマートシティは再び世界をリードする存在となることができるでしょう。今後の日本のスマートシティの進化に注目が集まります。