公開日: 2025年5月26日

ストリーミング時代になぜ?アナログレコード人気復活の理由と音質の魅力

ストリーミング時代になぜ?アナログレコード人気復活の理由と音質の魅力
画像引用元: mercari-shops.com

音楽を聴くスタイルは、この数十年で劇的に変化しました。かつてはレコードが主流であり、その後CDが登場し、そして今やスマートフォン一つで数千万曲にアクセスできるストリーミングサービスが全盛期を迎えています。そんなデジタル音楽配信が当たり前になった時代に、なぜか「アナログレコード」の人気が再び高まっています。一時は過去の遺物と見なされ、市場規模も縮小の一途をたどっていたレコードが、なぜ今、世代を超えて多くの人々を魅了しているのでしょうか。この記事では、アナログレコード人気復活の現状とその多角的な理由、そしてアナログならではの音質の魅力について深掘りしていきます。

データで見るアナログレコード人気の現状

アナログレコードの人気再燃は、単なる一部のノスタルジーやマニアの動きに留まりません。具体的なデータが、その確かな復活を示しています。

日本レコード協会の発表によると、日本国内のアナログレコード生産金額は、2010年の約1.7億円を底に増加に転じ、2022年度には43.36億円を記録。これは1989年以来、実に33年ぶりに40億円を超え、わずか10年ほどで市場規模が約25倍にも拡大したことになります。2023年の生産量も270万枚に達し、3年前の2.5倍という驚異的な伸びを見せています。

海外、特にアメリカではそのトレンドがさらに顕著です。全米レコード協会(RIAA)の発表によると、アナログレコードの売上高は16年連続で増加しており、2022年には売上枚数で1987年以来35年ぶりにCDの販売数を上回りました。2023年には売上高が14億ドル(約2100億円)に達し、インフレ調整後で1988年以来の最高額を記録しています。

この活況を受け、音楽業界も大きく動いています。ソニーミュージックグループは2018年に29年ぶりにレコード盤の一貫生産を再開し、静岡県の工場は24時間態勢でフル稼働。生産量は再開当初の3倍に膨れ上がり、増産投資も検討されています。アジア最大のレコード工場とされる東洋化成もフル稼働が続いており、大手レーベルからの製造委託が増加しています。

レコードを聴くために必要なプレーヤー市場も活況です。ヨドバシカメラの売り場では、レコードプレーヤーの売上が2010年と比較して約2.5倍に伸びており、初心者向けの安価なモデルから100万円を超える高級機まで幅広い商品が並んでいます。

また、レコード針の世界シェア9割以上を誇る日本のメーカー、日本精機宝石工業(ナガオカ)も、年々売上を伸ばしており、その需要は世界100カ国以上に及んでいます。同社の社長は、この人気ぶりを「全く予想していなかった」としつつ、「サブスクが世の中に広がったことが、レコード人気に拍車をかけた」と感じていると述べています。

これらのデータは、アナログレコードの復活が一時的なブームではなく、音楽市場における確かな潮流となっていることを示しています。

なぜ今、アナログレコードなのか?人気復活の多角的な理由

デジタルで手軽に音楽が楽しめる時代に、なぜあえて手間のかかるアナログレコードが選ばれるのでしょうか。その理由は一つではなく、様々な要因が複雑に絡み合っています。

1. 独特の「音の魅力」

アナログレコードの最大の魅力として、多くの人が挙げるのがその「音質」です。デジタル音源がクリアで正確な再生を目指すのに対し、アナログレコードの音は「温かい」「深みがある」「生々しい」と表現されます。

技術的な側面では、CDなどのデジタル音源が人間の可聴域とされる20kHz以上の高周波域をカットしているのに対し、アナログレコードは可聴域外の音も記録していると言われています。この耳には聞こえない部分が、音の「温かみ」や「空気感」として感知されるのではないか、という説があります。また、レコード盤の溝を針がトレースする際に発生する微細なノイズやスクラッチ音も、デジタルにはない独特の「趣」として、音楽体験の一部となっています。

オーディオマニアだけでなく、若い世代のリスナーもこの音の違いに気づき始めています。レコード喫茶の20代の客は「スマートフォンで聴いているのと段違い」「生音に近い感じがした」と語り、60代の客は「音が太い」「重低音がいい」とその魅力を表現しています。ギターの弦を移動する音まで感じ取れるような生々しさは、アナログならではの体験と言えるでしょう。

2. 音楽を「体験」する楽しさ

ストリーミングが「音楽を消費する」体験だとすれば、アナログレコードは「音楽とじっくり向き合う」体験を提供します。

大きなジャケットを手に取り、アートワークを眺める。ライナーノーツを読み込み、アーティストの意図や楽曲背景を知る。レコード盤をターンテーブルに乗せ、クリーナーで埃を取り、慎重に針を落とす。この一連の動作は、単なる音楽再生の準備ではなく、音楽を聴くための「儀式」とも言えます。この「手間のかかる儀式」が、かえって音楽への集中力を高め、体験をより特別なものにしているという心理的な側面(儀式化)があります。

また、心理学の「IKEA効果」や「DIY効果」と呼ばれる概念も関連しているかもしれません。これは、自分で手間をかけて組み立てたり作り上げたりしたものに、より高い価値や愛着を感じるというものです。レコードを聴くために一手間かけることで、その音楽や体験自体に特別な価値を感じやすくなるのです。

レコードは基本的にアルバム単位で、曲順通りに聴くことが推奨されます。これは、アーティストが意図した「音楽のストーリー」を追体験することにつながります。ストリーミングのように簡単に曲を飛ばしたりシャッフルしたりできない「不便さ」が、アルバム全体の構成や流れを深く理解する機会を与えてくれます。

3. 「所有する喜び」と「コレクション性」

デジタルデータとしての音楽は、手軽で便利ですが、「モノとして所有している」という感覚は希薄です。一方、アナログレコードは物理的な存在感があります。美しいジャケットデザイン、大きな盤面、独特の香りや手触りは、音楽を五感で楽しむ要素となります。

特にデジタルネイティブである若い世代にとって、物理的な音楽メディアは新鮮に映るようです。タワーレコードの売り場では若者の姿が目立ち、「興味あるものを部屋に飾りたい」「好きな歌手のジャケットを所有したい」といったニーズが見られます。英BBCの調査では、アナログレコード購入者の約半数がまだ再生しておらず、15%はプレーヤーさえ持っていないという結果もあり、これは音楽を聴くためだけでなく、アート作品やインテリアとして、あるいは好きなアーティストへの支持を示すアイテムとして「所有」すること自体に価値を見出している人が多いことを示唆しています。

限定盤やカラー盤、特別仕様のレコードは、ファンにとって非常に魅力的なコレクターズアイテムとなります。人気アーティスト、例えばテイラー・スウィフトは同じアルバムを異なるバリエーションでリリースし、コレクション性を高める戦略で成功しています。レコードストアデーのようなイベントに合わせて発売される限定盤は、特に注目を集めます。

また、中古レコード市場の活況もこの所有欲やコレクション性と関連しています。状態の良いヴィンテージレコードや希少盤を探し求めることは、宝探しのような楽しさがあります。円安の影響もあり、日本の質の高い中古レコードを求めて海外から訪れる観光客も増えています。

4. 若者世代(Z世代、ミレニアル世代)の支持

アナログレコード人気の牽引役となっているのが、意外にもデジタルネイティブであるZ世代やミレニアル世代です。アメリカの調査では、アナログレコード購入者の約6割が34歳以下という結果が出ています。

彼らにとって、アナログレコードは親世代が当たり前に使っていた「古いもの」ではなく、むしろ新鮮で新しいアイテムです。レトロなファッションやアイテムへの興味とも連動し、アナログレコードプレーヤーが部屋のおしゃれなインテリアとなることも、彼らにとって魅力の一つです。

ストリーミングサービスで様々な音楽に手軽に触れる中で、特に気に入ったアーティストや楽曲について深く知りたいという欲求が生まれます。ネットで情報を集め、そのアーティストのストーリーや音楽性に傾倒する中で、物理的なメディアであるレコードにたどり着くという流れが見られます。彼らはデジタルとアナログ、それぞれの良さを理解し、音楽体験を多様化させていると言えるでしょう。

5. アーティストや業界の取り組み

レコード人気の高まりを受け、多くのアーティストが新譜をレコードでリリースするようになりました。邦盤の新譜タイトル数は、2022年には462タイトルと10年前の約12倍に増加しています。限定盤や特典付きのレコードは、ファンにとって魅力的な商品となっています。

音楽業界全体としても、レコードを単なる過去の遺物ではなく、新たな収益源、そして音楽文化を盛り上げるための重要なメディアとして捉え直しています。ソニーミュージックやPヴァインなどがプレス工場を設立・再開するなど、生産体制の強化も進んでいます。

また、レコードストアデーのようなイベントは、レコード店やレコード文化を祝い、音楽ファンがレコードに触れる機会を創出しています。こうしたイベントを通じて、音楽ファン以外の層にもレコードの魅力が伝えられています。

6. ライフスタイルや文化としての広がり

アナログレコードは、単に音楽を聴くツールとしてだけでなく、ライフスタイルや文化の一部としても受け入れられています。レコード喫茶のように、こだわりの音響設備でレコードを聴ける場所が増え、世代を超えた人々が同じ空間で音楽を楽しむ光景が見られます。

また、観葉植物とレコードを組み合わせた店舗など、現代のライフスタイルに合わせた新しい販売スタイルも登場しています。レコードプレーヤーやレコード棚は、部屋のインテリアとしても機能し、音楽のある豊かな暮らしを演出するアイテムとなっています。

7. デジタルへのカウンターとしての「不便益」

デジタル化が進み、あらゆるものが効率化・簡略化される中で、あえて「不便さ」を楽しむという価値観が見直されています。アナログレコードは、デジタルに比べれば手間もかかり、傷がつけばノイズも発生します。しかし、その「不便さ」や「完璧ではない」ところに、人間的な温かみや愛着を感じる人が増えています。

これは、経済やビジネスにおける「不便益」という考え方にも通じます。一見無駄に見える手間や不便さが、かえって深い満足感や豊かな体験を生み出すことがあるのです。レコードを聴くという行為は、まさにこの「不便益」を体現していると言えるでしょう。

レコード売り場

アナログレコードの音質について深掘り

アナログレコードの音質については、しばしば議論の的となります。「デジタルより音が良い」という人もいれば、「数値的にはデジタルの方が優れている」という人もいます。ここでは、アナログレコードの音質について、もう少し詳しく見ていきましょう。

アナログとデジタルの音の違い

デジタル音源(CDなど)は、音を数値データに変換して記録・再生します。これにより、ノイズが少なく、正確な音の再現が可能になります。一方、アナログレコードは、音の波形をそのまま溝の凹凸として記録します。この物理的な記録方法が、デジタルとは異なる音の特性を生み出します。

アナログレコードの音は、しばしば「暖かみがある」「滑らか」「自然」と評されます。これは、デジタル変換の際に失われる微細な情報や、アナログ特有の歪みやノイズが、人間の耳には心地よく響くためと考えられています。特に、ボーカルやアコースティック楽器の音は、アナログで聴くとより生々しく感じられるという意見が多く聞かれます。

ただし、アナログレコードには物理的な制約もあります。例えば、ダイナミックレンジ(最も小さい音と最も大きい音の差)は、CDに比べて狭くなる傾向があります。また、再生環境(プレーヤー、カートリッジ、アンプ、スピーカーなど)によって音質が大きく変化するため、理想的な音を追求するには知識や調整が必要になります。

デジタル録音されたレコードの存在

「アナログレコードだから音が良い」という話の中で、一つ注意しておきたい点があります。それは、現在流通しているアナログレコードの多くが、実はデジタルで録音・ミックスされた音源を元に作られているということです。

デジタル録音技術はCDが登場する以前から存在しており、現代の音楽制作の主流となっています。そのため、最新のアナログレコードであっても、音源自体はデジタルである場合が多いのです。それでもなお、アナログレコード特有の音質が生まれるのは、デジタルデータをアナログ信号に変換し、物理的な溝として記録する「カッティング」や「プレス」の工程、そしてそれを再生するアナログプレーヤーの特性によるものです。

「原音忠実性」と「心地よさ」

オーディオの世界では、「原音に忠実な再生」が理想とされることがありますが、アナログレコードの魅力は必ずしもそこだけにあるわけではありません。プレーヤーやカートリッジ、アンプなどの組み合わせによって音が変化することは、かつては「原音忠実性」という観点からは欠点と見なされることもありました。

しかし、現代のリスナーは、その変化自体を「自分好みの音を追求する楽しさ」として捉えています。必ずしも「原音に最も近い音」ではなくても、自分にとって「心地よい音」であれば良い、という価値観が広がっています。アナログレコードは、リスナーが自らの手で音を作り上げていくような、インタラクティブな音楽体験を提供すると言えるでしょう。

レコードプレーヤー
画像引用元: mercari-shops.com

アナログレコードを取り巻く産業の動き

アナログレコード人気の復活は、関連産業にも大きな影響を与えています。

レコードプレス工場の活況

前述の通り、ソニーミュージックや東洋化成といった国内の主要なプレス工場はフル稼働が続いています。かつてCDの台頭で多くの工場が閉鎖されたため、現在の急激な需要増に生産能力が追いつかない状況も生まれています。カッティング工程も1カ月待ちとなるなど、製造現場は活況に沸いています。

レコード針メーカーの需要増

レコードを再生するために不可欠なレコード針の需要も世界的に高まっています。日本の日本精機宝石工業(ナガオカ)は、その高い技術力で世界市場をリードしており、売上を大きく伸ばしています。職人による精緻な作業によって生み出される高品質な針が、アナログレコードの音質を支えています。

レコード店の進化

かつてはマニアックなイメージもあったレコード店ですが、近年はその姿を変えつつあります。新品レコードの品揃えを拡充したり、カフェスペースを併設したり、オンライン販売を強化したりと、多様なニーズに応える店舗が増えています。タワーレコードやディスクユニオンといった大手はもちろん、個性的な独立系レコード店も新たな顧客層を獲得しています。

中古レコード店も活況で、特に都心部では海外からの観光客が大量に購入する姿も珍しくありません。円安を背景に、日本の質の高い中古レコードが海外で人気を集めています。

イベントの開催

アナログレコードの文化を祝う国際的なイベント「RECORD STORE DAY」は、日本でも多くのレコード店が参加し、限定盤の発売や店内イベントが行われています。こうしたイベントは、レコードファンだけでなく、幅広い層にアナログレコードの魅力を伝える機会となっています。

アナログレコード人気の今後と課題

現在のレコード人気が今後も続くのか、あるいは一過性のブームで終わるのかは注目されるところです。生産体制の強化が進んでいるとはいえ、需要に供給が追いつかない状況や、それに伴う価格の高騰といった課題も存在します。

しかし、アナログレコードが提供する「物理的な所有感」「音楽と向き合う体験」「独特の音質」「ライフスタイルとしての魅力」といった価値は、デジタル音楽では代替しにくいものです。特に、デジタルネイティブである若い世代がこれらの価値に気づき、積極的に受け入れていることは、今後の市場を考える上で重要な要素です。

デジタルとアナログは対立するものではなく、共存するものです。ストリーミングで新しい音楽に出会い、気に入ったものをレコードでじっくり聴く、というように、それぞれの良さを活かした音楽の楽しみ方が広がっていくと考えられます。

レコードジャケット
画像引用元: e.usen.com

まとめ

スマートフォン一つで世界中の音楽にアクセスできる現代において、アナログレコードの人気復活は、単なる懐古趣味や一過性のブームを超えた、より深い意味を持っています。

それは、便利さや効率性だけでは満たされない、音楽を「体験」し、「所有」し、そして「じっくりと向き合う」ことへの渇望の表れと言えるでしょう。アナログレコードが持つ独特の音質、美しいジャケット、針を落とす儀式、そして物理的な存在感は、デジタルでは得られない豊かな音楽体験を提供してくれます。

若い世代がこのアナログの魅力に気づき、新しいライフスタイルの一部として取り入れていることは、今後の音楽文化の多様性を示唆しています。アナログレコードは、これからも多くの人々にとって、音楽をより深く、そして感動的に楽しむための大切なメディアであり続けるでしょう。

もしあなたがまだアナログレコードの世界に触れたことがないなら、お気に入りのアーティストのレコードを探したり、レコード店に足を運んでみたりすることをおすすめします。きっと、新しい音楽の楽しみ方を発見できるはずです。